Van life  島根への旅から帰ってきた。

広島からフェリーに乗って松山に移動して、愛媛、高知で釣りをしながら無事に徳島に帰ってきた。

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今回のVan life 島根の旅は面白かったです!

 

まずは地域の美味しいものをたくさん食べた旅でした。

香魚料理
私は鮎釣りしないので鮎の味を知らなかった。鮎料理を食べて初めてわかった事がある。

季節の味を楽しむ事が出来るのがアユ香魚という事らしい。


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鮎は1年で生涯を終える、ある意味では潔い魚である。河口付近で卵は孵化して、稚魚は川を遡上してくる。6月は鮎の初物で若い鮎は骨がまだ柔らかいのでセゴシとして刺身で食べる。

成長した鮎は苔を食べて暮らし、卵を抱えた鮎は川お降り河口付近で産卵して一生を終える。

成長した鮎は主食が苔なので、夏から秋は刺身で食べると独特の香りがする事から香魚と呼ばれるらしい。

落ち鮎は若い魚とは味が違うらしい、地元では夏の終わりに収穫した鮎の内蔵(鮎うるか)と卵を塩漬けにして色々な料理に使う様である。自然の恵みを大切にする、正に命を頂くという事を昔から行っていた。

今更、SDGsなど野暮である事を知りました。

野性動物の肉料理をジビエ料理と言うけど、増えすぎた鹿や猪、ウサギを食べるのも良いけど

島国日本では天然の海の幸、川の幸を季節毎に少し頂くのが粋だと初めて知ったよ!

次は落ち鮎を食べようと思う。

バトウフライ、広島焼き、今治焼き鳥


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津和野の歴史
山間の盆地に位置する津和野は綺麗な城下町である。鷺舞や山城の石積みが長い歴史を感じさせる、城下町を散歩するの水路には鯉やウグイが泳いでいる。日本の原風景で絵ががれる城下町である。


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しかし、この地に影を落とす事件があった事を忘れてはならない、それはキリスタン弾圧である。

最初、私は江戸幕府の指示のもと異教への弾圧を津和野藩が行ったものと理解していたが違っていた。

明治新政府の元で、1867年九州でキリスト教徒が見つかり、各地に送られて改宗する様に拷問を実施したらしい。

この地域では萩と津和野に移送され、津和野は150人以上が厳しい攻めを受けたらしい。

この暗い歴史を指導したのが、昨年の東北の旅で知った小坂銅山の入札でも悪事を働いた井上馨である。

彼は当時、外国事務係になり長崎に着任して異教との改宗と移送を計画したらしい。

日本の闇の事件には、必ず彼が関わっている。

異教の弾圧は1870年(明治3年)まで続いたらしい、日本で宗教弾圧が行われた暗い歴史を津和野は背負っているのである。1873年に政府はキリスト教禁止を撤回して、信者は長崎に帰れたらしいが、命を落とした物が多く、津和野でも多数の方々が亡くなったらしい。1879年に浦上天主堂が追悼の意味で建造され、その後、津和野にも教会ができたらしい。

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釣れなかった
渓流釣りは二日も川に入ったが、1匹もフックせずに終わった。正に坊主の島根県である。

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宗教弾圧で坊主への恨みが、この地域では残っているのか?

 

今日も生きてる。